つくるdeつなぐの原点回帰   

私が初めて店をオープンしたのは、30年前。
長男がお腹にいる頃、準備は進んでいました。
臨月まで、山の中の陶芸家の工房へ出かけていきました。

当時から「つくりびと」に魅かれていたのです。

沖縄の吹きガラスや、陶芸家の器、和紙の作品、染の布など、日ごろ暮らしに使う生活の小物。
そこに「ひと」の想いが入ったものが好きでした。

その頃、出会った作家さん達は、今全国で大御所の存在に。
手軽に買える価格の作品ではなくなっているものも、我が家の食器棚では、日常器として活きています。

30年の間に色々と事情が変わりました。

私の生活も。
世の中の暮らし方も。

大量生産のものづくり。
安ければ売れる。
生産地は、外国の後進国。生産者は貧しい生活を強いられた人達。
産地、素材が不明なことも多い。

そして、考えました。
「地産知笑」という言葉を。

衣食住に必要なもので、産地が分かり、つくり手の笑顔がみえるものを紹介していこう!と。

そう考えて、器季家カフェをオープンしました。

でも、なかなか「紹介」から「商い」に繋げるのは難しいことが分かりました。

「売れるものを売る」という考え方ではないので。私が。

「知ってもらいたい手しごと」を「買って笑顔になる」人のもとへ届ける。

これが私のやりたいこと。

「つくるdeつなぐ」の原点回帰

「手しごとの店」を始めてから30年目の今年。

最初の店は2年間しか出来ませんでした。
二人の子供をかかえて、「儲け」を考えない素人でした。

今でも同じです。
でも、もう一度、自分の動き方を考える年にしたいと思っていました。

そう考えていると、素敵な人生の先輩たちと次々に出会いはじめました。
f0031420_8251111.jpg

湯布院在住の画家やバリ島在住の染色家、
そして、南阿蘇の蕎麦屋の店主。

昨夜は、一心庵で奄美大島の南側の島「加計呂麻島」に移住した作家たちの作品と島の歴史紹介の会がありました。(色字クリックで島の紹介へ)
f0031420_9332523.jpg

お蕎麦やお酒のおもてなしもあり、楽しい時間でした。
島や作家の作品も良かったのですが、私にとってショックだったことがありました。

ショックというより、「あきらめかけていた夢」をもう一度妄想してみる!」という気持ちにさせた人との出会い。
一心庵の店主中原さん。
写真の左端の男性。70歳。
南阿蘇で蕎麦屋を営み、冬は加計呂麻島で蕎麦屋を営む。
それを始めた方です。

私の夢を現実に実行している方です。
そして、「手しごと」の作家たちの交流会や発表の場をつくり、「つくるdeつなぐ」を南阿蘇と南の島でやっている方。

私より10歳も年上。
暮らしを楽しむエネルギーは、年の数ではないのですね。

私の5年後は?
そう、南阿蘇と沖縄の南城市の海のそばで「つくるdeつなぐ」をやりながら、器季家で作家や作品の紹介をしていく。

その為の準備の期間に、心身共に健康状態を整えます。

協働してくれる仲間達を大切にしながら、「あきらめかけた夢」を現実のものにしたい!!!

と妄想が広がる夜でした。
[PR]

by k2kikiya | 2016-04-04 06:56 | 創り人 | Comments(0)

<< 山の一品 今日の自分 >>