自分の底ジカラ   

私は、いつも窮地に立った時、ひとりごとのようにつぶやきます。
「久美子の底ジカラは、まだあるのでは?まだどん底ではないのでは?!」
と。
これで人生を乗り越えてきました。
これは、人に「助けて~!」といえない可愛くないもっこす女の心の声です。

でも、これが日々繰り返されると、自然に心と頭の筋肉がつき、何とかたくましく生きていけるのです。

困ったらすぐ人に「SOS]を出していたら、依存型人間で、ネガティブ思考のおばさんになっていたのかもしれません。

人はひとりで生きている訳ではありません。
どんな人でも、周りの人の力を借りて生きています。
それに、気がつくか、感謝するか、恩返しできるくらい自分の底ジカラを発揮するかは、自分次第。

決して歯を食いしばり、無理して心身をぼろぼろにして底ジカラを出せ!と自分に言い聞かせている訳ではありません。

自分に出来ることを、自分に問いかけているのです。
常に。
同時に、周りとどう関わっていけば道が開けるかも考えながら。


五体満足でも、どこかに病を抱えている人は多いです。
それを嘆くのか、活かせる部分で前に進むのか?

これも自分次第。

最大の見方で、最大の敵は自分だと思っています。弱さを強さに変えるのも自分。

喜怒哀楽のこころを平常心に整えていく力が「底ジカラ」につながります。

自然体に振る舞う。
自分の底ジカラに余裕があるかないかでも、立ち振る舞いは違ってきます。


自分の可能性は無限大。
と思うと、元気が湧いてきます。

「倖せな人生だった」とこの世の終わりに自分で呟くためにも、
自分の底ジカラを、楽しみながら探していきたいと思います。

決して、人と比べない、自分の人生を楽しむために。
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by k2kikiya | 2015-09-24 08:43 | ひと | Comments(0)

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