いかに死ぬか!   

80代後半の姉妹の悲しい結末。
老老介護疲れの果ての殺人事件。を知ってまた考えます。

私は「不治の病」を宣告されたら、延命治療はしないつもりです。
これは、個人個人の想いが違って当たり前。
どの程度の治療までなら?の考え方も自分と家族で価値観や判断も違います。
でも、そこには「覚悟」が必要です。
自分の生きる!に。

人生を全うするのに、人間の年の数ではない、何かが動いている気がします。
この世での役目、来世での生き方など、言葉にはうまく表現できないことが、あるような気がします。

私は、今年58才になります。
これは、ただ数字の問題です。嬉しいとか、悲しいの感情はありません。
この先、どう生きる?が、常に私の課題です。

もし、60才で、この課題を考える必要がなくなったら、それはそれ。
次の世界でまた、楽しく考えます。

恐怖や不安はありません。
ただ、自分の産まれてきた意味、役目、力、そして伝えること、残すことなどをゆっくり静かに考え、そして軽やかに行動するのみ。

寝たきり老人になったら、周りに迷惑をかけます。
いつも自分を励まし、自分を誉めて、前に進みたいものです。
天に召されるまで働きます。
もちろん、自然死が望みです。

もしも、「もう限界!」とこの世の命を全うしたと思えたら、それなりの処置がしてもらえる時代が来れば良いですね。
今は、一度体に入れた呼吸可能な管を抜けば、殺人罪になる。

ちゃんと、遺言書、お願い事は書いておかなければいけないと思います。

朝から、暗い話のようですが、「死ぬ」ことを直視すれば、生きること、活かされることに、どん欲になります。

いかに死ぬか!はとても大事なことです。

自分にも、家族にも。
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by k2kikiya | 2015-05-17 08:33 | ひと | Comments(0)

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