倖せの先延ばし   

昨日、2月18日は、母の命日。
他界して丸25年が経ちました。

母の事で思い出すのは、必死で仕事をしている姿。
頑張り屋さんでした。
朝から晩まで働いていました。

働きながら4人の子供を育て、沖縄からくる親戚を毎年下宿させて、世話役も。

50代後半から家の建替え計画が始まり、色々悩みながらも、姉夫婦の力を借りてビル工事が始まりました。

その様子を見るのは、病院のベットから。
58歳位から体調が悪いことを、周りには隠していました。
自分自身をも、だましていたと思います。大きな病気ではないと。

でも、いよいよお腹の張を気にして、近所の病院から進めるクリニックで診察。
結果は、父と私に。
大腸癌でした。

母には、最後まで正確な病名を伝えることなく、2年の闘病生活が始まりました。

病院での対応、家族の心境、本人の不安。

働いて、働いて、やっと新居が出来る時期。

母は我慢と頑張りで「幸せ」を先延ばしにしてしまったのでしょう。

何百円からかけてきた年金も、葬式の一部ということで、2万円のみ60歳になっての死亡で、支給されました。

亡くなった母に申し訳ない表現ですが、「可愛い女」になれず、「母ちゃんなら大丈夫」の強い女になってしまった結果が、癌です。

私は、母が天国へ行ってから人生観が変わりました。

自分が笑顔でいよう。
倖せの先延ばしをして、歯をかみしめて生きるのはやめよう。
愛しい男性がいたら、甘えよう。
「我が人生に悔いはなし」で、静かに延命治療はせずに天に昇ろう。

色々考えながら、今も生きています。

母には母にしか分からない、人に、家族にも言わない、気持ちがいっぱいあったと思います。

母と別れて25年が経ちます。

お母さん、私を産んでくれてありがとう。
いっぱい心配かけて、ごめんなさい。
沖縄の先祖供養も含め、私の命がある限り、あなたのことは子供、孫たちと共に、来世で幸せでありますようにと、祈っています。

もう、倖せの先延ばしは不要ですよ。
今をしっかり楽しんでくださいね。
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by k2kikiya | 2015-02-19 09:49 | ひと

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