尊厳生   

尊厳死、延命治療ということを、多く語ってきました。
でも、先日脳裏に浮かんだのは「尊厳生」
辞書で検索したら、その言葉がありました。読み方は「そんげんい」

何故この言葉が浮かんだかというと、ある病院で見てしまったのです。
そこは、精神科の病院と施設でした。
私は、駐車場を貸して頂けないかのお願いで伺いました。
担当者をロビーで待つ間、私の前をサンクロースの格好をした若い男性が通り過ぎました。
そして、今度は、腰が90度曲がった男性の老人の手を引っ張って私の前をサンタが歩いて行きました。
エビのように腰が曲がった老人のズボンは、お尻の半分までずれ下がっていました。
お尻の割れ目も丸見えです。
でも、そのサンタは引き上げもせず、歩きにくそうな老人の方も見ず、ただ前を見て手を引いて歩いて行きました。
自分の父だったら。いや私だったら。とその姿を重ね合せました。

障害を持った老人を預かる施設。
こんな風景は日常茶飯事なのでしょ。

でも、私はとても心が痛くなりました。

恥ずかしく、つらく、痛く、悲しい生活。
でも、死ねない。
生きている間、この施設から出ることはないのだろうか。

生きる権利、心地よい空間で暮らす権利。人として大切に扱ってもらえる権利。
権利と表現すると、固くなりますが、「自分らしく」の暮らしをする。

この事が、痴呆老人や障害者にとってどれだけ大変なことなのだろうか。
と思いました。

大家族同居、老人が自宅で尊厳生の暮らしをして、自宅で老衰で死んでいく。
家族が見守り、見送る。そんな時代ではありません。

医師、看護師、ヘルパーの方々の多くが、核家族での成長、勉強一筋、そして現場で仕事に就く。
その時、何を感じて、何をするべきかに戸惑うのでしょうか。

人が生きている間、活きる場所がある。

心や体に病がある人。
その病人を介護する人、看病する人。

私は、身近にそんな家族を知っています。

「尊厳生」

言葉だけではどうすることも出来ない、大きな重さを感じます。
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by k2kikiya | 2014-12-21 10:42 | ひと | Comments(0)

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