娘はかぐや姫のように。   

娘(愛犬)が、先週土曜日に天国へ。
山に暮らし始めて、月や星がきれいな夜はいつも二人で外に出て眺めていました。
特に満月の夜は。
その、満月の夜に天に召されたのです。
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まるで、かぐや姫のようです。
満14歳でした。

その夜は、お通夜。
泣きはらした私の目の錯覚で、満月が何個にも並んで見えました。まぶしかったです。
そして、いつものように一緒に眠りました。

その日の夢には、娘が出てきました。若い頃の娘が。毛が真っ白いになって。
「なんだ!生き返ったのね。」と私は喜びました。そして父も笑顔で登場。
次の日はお葬式。
車に乗せて、今まで暮らしてきた街中のマンションや、散歩してきた風景を見せて回りました。
出発の時は、山の中にクラクションの音を鳴り響かせて。
葬儀場でお経をあげてもらい、火葬をし、納骨を済ませ、ピンクの骨壺に入れて、山小屋に一緒に戻ってきました。
丁寧にお葬式はして頂きました。

いつどうなっても、慌てない。この覚悟は出来ていました。

2年前、へんな咳が出る娘の様子を見せに病院に行くと、先生から、「この子は、心臓肥大で気管支を圧迫している。肺にも水がたまるだろう。このままではいつ死んでもおかしくない」
と宣告されました。

でも、薬の副作用がひどく嘔吐下痢で苦しむ姿をみて、母親の決断で薬を飲ませることやめました。
リュウマチと乳がんと心臓病と静かに付き合っていこうと考えたのです。
1年半の南阿蘇での暮らしは、彼女にはホスピス状態でした。

今年の1月頃、また咳が苦しそうなことがあったので、知人の紹介で、他の病院に。
事情を説明して、薬だけを飲ませることに。
心臓に負担をかけないことと、肺に水を溜めないようにするための薬を、最小限の量で。何かあっても手術も出来ない体です。延命治療はしないし、出来ない覚悟で。

乳がんは、他の場所にも転移していました。
食欲はあっても、便が出なくなっていました。
きっと内臓にも癌が広がっていたのでしょう。

そして、今日は、初七日です。
やっと、娘のことが書ける気分になりました。

私の人生に、動物と暮らす計画はありませんでした。
家族がもらってきた犬との生活は、パーキンソン病の父の介護と犬のリュウマチ発病の看病となりました。


動物を飼う。
命を預かる。
最後まで責任を持つ。

13年間の娘との暮らしには、思い出がいっぱいです。
病気を持った動物と暮らす。ということの大変さも身に染みて分かりました。
この経験が無かったら、「動物の命」について、あまり考えずに生きていたかもしれません。

そして、父と娘の二つの命を天に見送り、これからは私が、見送られる立場の人間として
生きている間、活かされて、この命を大切にしようと思います。
満月の夜に、私も天に召されるまで。
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by k2kikiya | 2014-12-12 09:37 | ひと | Comments(0)

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