愛を乞う   

「私は愛されていない」
と嘆き、悲しみ、孤独に打ちひしがれる。

という経験は誰でも一回はあるのでは?

家族に、恋人に、友人に。
対象は様々でも。
求めている人に愛されない。

これは、事実なのでしょうか?
これは、被害妄想なのでしょうか?

近頃、山の中でひとり暮らしをしていると、人生観が変わってきました。

誰かに愛を乞う。

その誰かは、家族、異性。

そして、求めた反応と違うと、「孤独」「寂しさ」に引きずられる。

この感情が、薄れてきました。

山の自然は、私を更に強くしたようです。

一番寂しいことは、自分自身の貧困な思考。

壮大な自然の中では「無力」を感じることが多い。
なので、愛している存在がいることだけでも倖せ。
その存在が、生きている人でも、仏さまでも、自分の心の豊かさにつながっています。

「私がこの人を、この家族を愛している」
これこそが、大切で、尊いことで、無償の愛なのです。

求めるものが自己都合の愛だとすれば、求めない愛は無償の愛。

世界中の皆を愛している、などと神様のような想いではなく、「身近に愛を感じる存在がいる。」
このことに倖せを今、感じています。

愛せない人もいます。

何の感情も湧かない人もいます。

憎い人もいます。

苦手で、嫌いな人もいます。

それは、それで、距離間の中で流れていけば良いのです。罪悪感を感じることもありません。

「愛しい人がいる」

このことだけで、心が温かくなる。
これだけで良いのです。

今は。

 山女の独り言ですが・・・。
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by k2kikiya | 2014-07-03 10:03 | ひと | Comments(0)

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